川角太閤記(C)は、秀吉が精進潔斎して身を清めたうえ、毛利方の陣僧の目の前で書判をし、血を押したと記す。演出的な描写を含む逸話集の単独の記述で、和睦の経過は毛利家文書など同時代の文書で確認する必要がある(本調査では本文未取得)。
原文 AI作成
毛利家大形合点に候は我身の筆本を見せ候はんと御意にて其上今朝よりその心かけあり精進けつさいあきらか也それに被待候へと行水被成御身をきよめられやかて御出被成候毛利家は兎も角も候へ拙者心中におゐては此起請の面少も相違有ましきとて目の前にて書判を被成其上に白きさらをは取寄せ被成左の小指より血を御出し被成書判の上に押付被成候事
書き下し AI作成
毛利家、大形合点に候はば、我が身の筆本を見せ候はんと御意にて、その上、今朝よりその心がけあり、精進潔斎あきらかなり。それに待たれ候へと、行水なされ御身を清められ、やがて御出なされ候。毛利家は兎も角も候へ、拙者心中においては、この起請の面、少しも相違あるまじとて、目の前にて書判をなされ、その上に白き皿をば取り寄せなされ、左の小指より血を御出しなされ、書判の上に押し付けなされ候事。
現代語訳 AI作成
(秀吉は)「毛利家がおおよそ納得するなら、私自身の筆本(誓紙の案)をお見せしよう」と言い、今朝からそのつもりで精進潔斎していたことは明らかだった。「それまで待たれよ」と行水して身を清め、やがて出てこられた。「毛利家はともかく、私の心中では、この起請の内容に少しも違うことはない」と言って、目の前で書判をし、さらに白い皿を取り寄せ、左の小指から血を出して、書判の上に押しつけられた。