川角太閤記(C)は、元春が誓紙を破って追うべきだと主張したのに対し、隆景が、父元就への背信や厳島明神の罰を理由に、秀吉が播磨へ帰ったと確かめてからにするよう説得し、元春も納得した、と記す。会話の再現を含む逸話集の記述で、推定として扱う。
原文 AI作成
今日の起請文を破り候得者めいとに被成御座候父元就公への別心也一は嚴嶋の明神の御罸又は五常の禮儀の二ツをも破に似たり羽柴筑前守國本播磨へ歸城候との一左右を聞召届られ其上にては御馬を被出候ても不苦と達而兄の元春へ異見被申ける元春も隆景に道理に被攻なま合点に納申候
書き下し AI作成
「今日の起請文を破り候へば、冥途にて御座なされ、父元就公への別心なり。一つには厳島の明神の御罰、または五常の礼儀の二つをも破るに似たり。羽柴筑前守、国元播磨へ帰城候との一左右を聞き届けられ、その上にては御馬を出だされ候とも苦しからず」と、達て兄の元春へ異見申されける。元春も、隆景に道理に攻められ、なま合点に納め申し候。
現代語訳 AI作成
「今日の起請文を破れば、冥途にいらっしゃる父元就公への背信となります。厳島明神の御罰を受け、五常の礼にも背くことになりましょう。羽柴筑前守が国元の播磨へ帰城したとの知らせを確かめた上でなら、馬を出されても構いますまい」と、強く兄の元春に意見した。元春も隆景に道理で攻められ、不承不承ながら納得した。