信長公記は、信忠が「切腹の後、縁の板を引きはがして遺体を隠せ」と命じ、介錯を鎌田新介に命じて切腹し、遺体は仰せのとおり隠された、と記す。日付は直前の記事に続くものとして推定した。
原文 AI作成
三位中將信忠卿之御諚には御腹めされ候て後緣之板を引放給ひて後には此中へ入骸骨を可隱之旨被仰御介錯之事 鎌田新介に被仰付御一門歷〱宗徒之家子郞等甍並討死算を乱したる有樣 御覽し不便に被思食御殿も間近く燒來此時御腹めされ 鎌田新介無冥加御頸を打申 御諚之如くに御死骸を隱置無常之煙となし申哀成風情目も當られす
書き下し AI作成
三位中将信忠卿の御諚には、「御腹召され候て後、縁の板を引き放し給ひて、後にはこの中へ入り、骸骨を隠すべし」の旨仰せられ、御介錯の事、鎌田新介に仰せ付けらる。御一門・歴々・宗徒の家子・郎等、甍並べ討死し、算を乱したる有様、御覧じて不便に思し召し、御殿も間近く焼け来たり、この時御腹召され、鎌田新介、無冥加にも御首を打ち申す。御諚の如くに御死骸を隠し置き、無常の煙となし申す。哀れなる風情、目も当てられず。
現代語訳 AI作成
三位中将信忠卿は「切腹したあと、縁の板を引きはがして、遺体をその下に入れ、骸骨を隠せ」と命じ、介錯は鎌田新介に命じられた。御一門や主だった人々、家の子・郎等が屋根瓦を並べたように(折り重なって)討死し、算を乱して倒れるありさまをご覧になり、不憫にお思いになった。御殿の火も間近に迫り、このとき切腹され、鎌田新介が恐れ多くも首を打った。仰せのとおり遺体を隠し置き、無常の煙とした。痛ましい光景は目も当てられなかった。